私は総毛立った。「サソリが出たら是非撮ろう」などとスタッフに強がりを言いながら、顔がおそらくこわばっていた。しかし結局、サソリには一度も出会わずに済んだ。最も出ない季節(二月)に訪ねたのが幸いしたのだ。それは素晴らしいことであった。さはあれ、本当に素哺らしかったのは、タッシリーナジェールの風景だった。来てよかったと腹の底から感動できる自然だった。ジャネットの周囲に無辺に拡がる砂丘地帯、立ちふさがる
絶景タッシリーナジェール... の続きを読む
医療分野としては、特色ある温泉療法の研究がいっそう望まれるが、そのためには大学を始めとする研究機関の充実が課題である。今後も、温泉療法が保険診療となる可能性が低い現状では、医療機関での利用・発展は期待しにくい。医療保険にこだわらず、誰でも温泉地での各施設を利用して、安全かつ期待した効果が得られるように温泉療法医が指導・啓発していくことが望まれる。温泉療法医や国民保養温泉地・国民保健温泉地・温泉利用
今後の課題... の続きを読む
戦略転換によって近鉄特急は面のネットワークへと変貌、以降、発展を遂げ、現在にいたる。特急の運転系統をあげるならば、名古屋〜大阪間(名阪特急)、名古屋〜伊勢間(名伊特急)、大阪〜伊勢間(阪伊特急)、京都〜伊勢間(京伊特急)、京都〜橿原神穴前間(京橿特急)、京都〜奈良間(京奈特急)、大阪〜奈良間(阪奈特急)、大阪〜吉野間(吉野特急)といった具合で、かなり賑やかであるのに加え、各系統間の連絡についても十
近鉄特急は面のネットワークへと変貌... の続きを読む
今度は、国ごとではなく、都市別に世界遺産を多く抱えるところはどこか、見てみよう。花の都パリ。歴史的建造物が綺羅星のごとくセーヌ河沿いに並ぶパリは、その建物群の多くが「パリのセーヌ河岸」として世界遺産に登録されている。ノートルーダム大聖堂、ルーブル美術館、オルセー美術館、エッフェル塔などは、一群で一件の世界遣産となっているのだ。また、パリは、世界遺産「サンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼道」の起点
世界遺産の一番多い都市は?... の続きを読む
車で小さな子をつれて家族旅行に行くことって多いと思います。電車だと、じっとしていられない子は大変ですし、周りの方にも気をつかいますよね。ところで、車でつれていっても、うまく寝てくれればいいけど、目的地に着くまであやし続けて、到着しただけで大人はお疲れってことありませんか。私の妹が実行している技なのですが、朝あえて早く出て、「寝ている間に目的地」につくように段取りするという方法があります。でも着替え
小さな子をつれての家族旅行(車編)... の続きを読む
「グランドキャニオンよりすごい」と喜んでいたアメリカ人の言葉が印象的だった。ダムによって水量が増えて、水の色が茶色から緑色に変わって、風景としては非常に綺麗になったようだ。岩場の中腹にあるレストランへ寄る。バイキングの船から、持ち込んだホットドックのサービスが待っていた。こういったサービスの徹底ぶりには感心してしまう。下船前日の夜のショーはいままでのクルーズで見たショーの中では、もっとも感動的です
リバークルーズのよさ... の続きを読む
日本でも、近年、大学に世界遺産の講座が少しずつ増えてきた。筑波大学では、二〇〇四年度から、大学院修士課程芸術研究科に「世界遺産専攻」が設置され、八人の専任教員が、遺産の保存計画策定や政策などを研究する「理論・マネージメント分野」と、保存の科学的方法を研究する「評価・保存分野」の二分野に分けて、授業・研究をおこなっている。専攻長の教授(専門は建築史)にお目にかかって話を伺ったところ、一〇年ほど前から
大学で学ぶ世界遺産について... の続きを読む
「クルーズが趣昧なんです」とまったくクルーズを知らない人に話すと、おきまりの台詞が返ってくる。「船は揺れるでしょう、ダメなんですよ。船酔いが怖くて」それで会話は終わってしまう。日本人にとってどうも「船イコール船酔い」というイメージが、強く刷り込まれていて、そこから抜け出せないようだ。絶対に揺れない船があればもっとクルーズ人口も増えるだろうにと思う。大型のクルーズ船は、揺れないということを説明するの
船は揺れるか?... の続きを読む
細かい地形や小さな山の名前などが知りたい、もっと風景そのものを思い浮かべられるような地図を、ということであれば大きな縮尺が必要だ。その鉄道旅行の最も重要な区間だけ大きな縮尺を持っていく、というのでもいいだろう。腰を据えて車窓をじっくりと楽しみたい人は五万分の一がいい。五万分の一なら地名も町・大字レベルのものの多くが載っているし、川なら小さな支流も描かれ、そこにどんな橋が架かり、堤防や護岸が施されて
リアルな車窓を思いだせる五万分の一地形図... の続きを読む
「イスラムの食文化」というと、どんなことを思い浮かべるだろうか。お酒を飲まないこと、豚肉を食べないことだろうか。あるいは、最近日本でも店が増えてきたケバブ(カバーブ=焼き肉料理)だろうか。それとも、一ヵ月にわたって日の出から日没まで食を断つという「断食」だろうか。あまり知られていないのだが、イスラム世界で毎年開かれる「犠牲祭」では、人びとの「心」を映し出すような光景に出会うことができる。犠牲祭は、
神への誓い犠牲祭... の続きを読む
翌朝、エジプトのアレキサンドリアに向かうエアーアラビアの席を埋めていたのは、少し炭の匂いがするようなアラブ人だった。機内は満席だった。通路を挟んで、反対側の3席に座ったのは、アラブ人夫婦だった。赤ちゃんと2、3歳の子供を連れていた。窓側に座った奥さんは、目の部分まで覆われた黒いチャドルをすっぽりとかぶり、膝の上に赤ちゃんを乗せていた。「カイロに帰るんだ」通路側に座った主人が話しかけてきた。「シャル
LCCはやはり出稼ぎ者たちの便... の続きを読む
LCCのルーツは、1971年に生まれたアメリカのサウスウェスト航空たといわれている。使う飛行機の機種を統一し、機内サービスをできるだけ省略し、それを航空運賃に反映させるというLCCの発想をつくりあげたのだ。しかし当時のサウスウエスト航空は、アメリカの1部の州の間を飛ぶ小さな飛行機会社にすぎなかった。サウスウエスト航空のノウハウを生かし、ふたつ目のLCCが誕生するのは、いまから30年ほど前である。飛
LCCの発想をつくりあげたサウスウエスト航空... の続きを読む
僕はまだ早いほうだった。隣のブースに立ったインド人は、さらに時間がかかっていた。なにしろ彼らは、パスポートのほかに数枚の書類を手にしていたのだ。出稼ぎだった。ある調査によると、インドから中東への出稼ぎは550万人にも達しているという。そのなかでもアラブ首長国連邦が最も多い。牛数近くになるという。ドバイは人口の7、8割が外国人だといわれる。ガイドブックなどには、インターナショナルな街だなどと書かれて
中東への出稼ぎ... の続きを読む
日本旅館に泊まって、一番心を悩ませるのは、心付けの問題だと、よく聞く。いわゆるチップ。何時、どのタイミングで、幾らくらい渡せばいいのか。それが煩わしくて日本旅館を避けている、とまでいわれることがある。難しい問題だといえばそうだし、どうってことない問題といっても間違いではない。結論からいえば、心付けを渡さなくても一向に差し支えない。全くゼロであっても構わないのである。日本旅館はホテルと一緒で、宿泊料
すでに、サービス料がかせられている... の続きを読む
電車は、学校帰りの高校生や主婦で結構込み合っていたが、菊水山で降りたのは、私一人だけだった。誰も降りないはずの駅と思われているのか、乗客が不審そうな目付きで私を睨む。次の電車はと時刻表に目をやると、やはり三十分近く来ない。それでも昼間としてはよい方で、新開地方面の電車が二時間にわたり一本も停車しない時間帯もある。駅から川にかかる橋まで長く続く階段を降りてゆく気もしないので、ホームのベンチで座ってい
なかなか味のあるひととき... の続きを読む
すっかり闇に包まれて、さほど外は見えないのだが、不思議と皆、窓際に席を取る。幾つかの集団は既に宴を始めている。ひとり客の姿は全く見掛けない。こういう場合、団体に比べて、ひとり客は極めて不利。佗しさだけが漂い、団体客からは時折、憐れみの眼差しすら向けられてしまうのだ。いつも集団で旅をしている人達にとって、ひとり旅は「優雅な」ではなく「気の毒な」に見えてしまうものらしい。レジの順番を待つ内、僕は一計を
特等室に料理を持ち帰った... の続きを読む
大抵の宿選びサイトでは、こだわり検索、もしくは絞り込み検索と称して、この大浴場の有無も判別出来るようになっている。旅とは非日常である、と巷間よく言われるが、僕にとっては、非、というより、脱。旅に求めるのは、脱日常である。全く日常と懸け離れてしまっては不便なことも多いが、かといって、日常の延長線上にある旅でも面白くない。今や大抵の家には内風呂がある筈。となれば、旅先では、手足を思い切り伸ばして入れる
ひとり旅組はこぞってパソテルを目指そう... の続きを読む
海外旅行・ツアー以外の方へお知らせします。どこのホテルに泊まろう?とお考えの方へ。「ホテル」ではなく「コンドミニアム」という選択はアリですか?キッチン完備で自炊が可能。4〜5名でリビング+2〜3ベッドルームの客室に宿泊するコンドミニアムは、家族連れやグループ旅行にピッタリです!広々としたリビングで賑やかにパーティをするもよし、大きなソファでお昼寝もよし、ゆったり過ごせるのが最高にイイところ。グアム
海外旅行・コンドミニアムにしない?... の続きを読む
フランスにあるブルボン宮殿は海外旅行先として有名なだけではなく、フランスの国民議会が入っている場所としても有名です。もちろん由緒ある場所であり、現役の議会として使われているため早々見学できる場所でもありません。ヨーロッパ文化遺産の日に特別に入ることが許されているのですが、フランス人を中心に多くの観光客が訪れます。フランス国民議会と言うだけあり、内部にはフランス革命の「自由の女神」を描いたドラクtロ
海外旅行先にあるフランス議事堂... の続きを読む
マレー半島2000kmを縦断する「E&O(イースタン&オリエンタル急行)」には、これまで何度も乗車している。マレーやタイ風の車内インテリアは、エキゾチシズムにあふれ、トロピカルフルーツを多用した料理は格別であり、椰子の葉そよぐ車窓風景も飽きることはない。アジアではもちろん最高、世界でも五指に数えられる豪華列車である。マレーシアではバターワース駅にておよそ3時間停車する。その間、乗客たちは対岸に浮か
バターワース駅は行き止まり式の駅... の続きを読む
「米ドルの小額紙幣だけでノープロブレムー」と、キューバに何度も行っている、サルサとラム酒とヘミングウェーが大好きな友人は太鼓判を押した。それを鵜呑みにした私は、ハバナ国際空港に到着するや、両替せずにタクシーに飛び乗った。両替窓口が長蛇の列だったせいもあるが、なにしろ初めてのキューバである。いち早く首都ハバナに行きたかったからだ。事実、空港から乗ったタクシーは割高ではあったが米ドルでOKだった。けれ
驚きの多い南米... の続きを読む
ホテルグループの中心は、まぎれもなくシンガポールのラッフルズ・ホテルにある。4人の若き兄弟は、ペルシャ(現イラン)から熱帯のシンガポールへ移住。その背景には開通したばかりのスエズ運河による英国とシンガポールを結ぶ航路の増加と、それに伴う宿泊施設のニーズの拡大があった。まず、1884年に23歳の次男ティグランがペナンに「イースタンホテル」を開業。その後、同じくペナンに2軒目の「オリエンタルホテル」を
始まりはペナン... の続きを読む
カリフォルニア米の本場であるロスやサンフランシスコでは、米の飯を食べても少しもおいしくない。これがパリで食べたあのカリフォルニア米と同じものなのかと信じられないくらい味が違う。それというのも、アメリカ人は味に対する要求がきびしくないので、料理人につい油断ができ、同じ電気釜で炊いているというのに、似ても似つかぬまずい飯ができてしまうのである。それにしても、カリフォルニアのお米の値段の安いのには一驚す
カリフォルニア米の本場であるロスやサンフランシスコ... の続きを読む
佐渡はどうか。こちらは周囲二八〇・四キロもあり、本州、北海道、九州、四国以外では沖縄本島に次いで大きく、人口も六万四千人あまりいる。二〇〇八年九月に新潟と佐渡を結ぶ航空便が廃止されて以来、佐渡空港は緊急輸送のみの空港となったため、新潟港と両津港を一時間で結ぶジェットフォイルを利用するのが、東京に出る一番の近道である。島内のバスも、多くは両津埠頭を発着しており、両津埠頭ではジェットフォイルに接続する
人口も六万四千人あまり... の続きを読む
「金沢の兼六園」「岡山の後楽園」「水戸の偕楽園」の日本三名園・知っていますか?おススメは【金沢の兼六園】・加賀百万石の城下町といわれる金沢。そこに、池あり、山あり、曲水あり・の変化を存分に楽しめる兼六園があります。「そこには黄金色に輝く松がある・」と聞いたことがあるでしょうか。その正体は・ライトアップされた唐崎松。樹形は翼を広げた鶴の形にみたてた非常に美しいものです。冬の風物詩として名高い「雪吊り
国内旅行・金沢へ行こう!... の続きを読む
初めての国内旅行はなんだったか…と思い返すと、もしかしたら高校の修学旅行がそれに当たるかもしれません。京都と大阪、そして岡山への旅行でした。普段から仲の良かったメンバーで班を組むことができ、楽しい思い出となりました。千歳から飛行機に乗っての移動なわけですが、クラスメイトの中には飛行機に初めて乗るひともいて、かなり盛り上がりました。フライトアテンダントの方と写真を撮る男子もいました。今思えば他の乗客
初めての国内旅行とも言える修学旅行... の続きを読む
走行中ではなく、野宿の雨についてです。幾日も雨が降り続くような場合、俺は、じつは、割り切ってびしょ濡れで寝ています。いつも都合よく屋根のあるバス停が見つかるわけでもないのでテントを張るわけですが、テントに浸水は付き物です。繰り返します。テントに浸水は付き物です。布一枚で烈しい雨をしのごうなんて、甘い考えです。これは北海道は網走の出来事です。夜の八時頃でしたが寝るところを探していたら、地元の暴走族の
雨のテントに浸水は付き物だ... の続きを読む
平成二一(二〇〇九)年三月のJRグループ全国ダイヤ改正で、老舗の寝台特急「富士」と「はやぶさ」が姿を消すと聞き、「ウルトラマン」が最終回を迎えるような、なんともやるせない、虚しい気分に陥った。「富士」は私にとって、思い出深い列車のひとつである。中学生のころ、はじめて九州を一人で旅したとき、行きしなに乗ったのがこの「富士」であった。「富士」はその末期、東京〜大分間二二二・三キロ(柳井経由の営業キロ)
東京から終点の西鹿児島... の続きを読む
「JR日本最南端始発・終着駅」と書かれた簡素な立て看板もあるけれど、南の終端に恋いこがれ、はるばるここまでやって来た旅人には、幾分物足りない演出の駅かもしれない。7時20分、指宿からの下り一番列車が、白い車体に青い帯を巻く国鉄型ディーゼルカー一両だけで到着、高校生ら一五人ほどがはき出され、町中へと消えていった。みんな「寒い寒い」と口にしていた。気温は体感で五度以上あるやに思われる。南国の若者は、か
ワンマン運転・けっこう慌ただしい... の続きを読む
旅行会社などで販売されている既存航空会社の格安航空券も、発券後のキャンセルはできないのが原則。とはいっても、現場判断で融通を利かせてくれる場合もある。しかし、格安エアラインは、このあたりの融通がほぼ利かない。ただし、航空券代は戻ってこないが、空港税や燃油サーチャージなどは申告すれば出発日以降に戻ってくる。しかし例外的な格安エアラインもある。チェジュ航空は、どのクラスのチケットでもキャンセルが可能。
変更・キャンセルしたいときは... の続きを読む
音威子府からは、蛇行を繰り返しながら日本海側へと流れ出る天塩川の峡谷を、列車は身をくねらせながら競々と歩んでいく。そして、その先には、かのサロベツ原野が広がっている。再度の鹿出没放送が入り、「放島」という駅名標が窓をかすめていった。筒島駅と隣の佐久駅の間は一八キロもある。東京〜川崎間に匹敵する距離だ。だが、この一駅間、窓外を流れる灯りといえば、対岸の道路にときおり設置されるナトリウム灯のオレンジ色
遥かなる終着点へ... の続きを読む